子ども専用電話 ふくいチャイルドライン
チャイルドくん

あなたがだれかと話したいと思ったとき、
こまっているとき、かなしいとき、うれしいとき、
この電話にかけてきていいよ。
家のこと、学校のこと、友だちのこと、
どんなことでも話そうよ




ふくいチャイルドライン配付用カード
このカードは、県内の小中学生全てに
学校を通して配付されています。


つながりたい
あなたの気持ちを
うけとめたい


1999年、ふくいチャイルドラインを始める時、
私たちは子どもの気持ちを聴くことに徹しようと心を決めました。

この間に、実施日は年数回から月2回、さらに毎週に増え、
フリーダイヤルでつながるようになり、
全国の多くの仲間とともに子ども達の声を聴くようになりました。
けれども私達の思いは初心とまったく変わっていません。
今も電話の向こうの子ども達に
「かけてくれてありがとう」と応えています。

すべての大人が、ひとりひとりの子どもの心の声に耳を傾ける、
そんな日がくることを私達は願っています。
気持ちを受け止めてもらえない寂しさからすべての子どもが解き放たれること
それが私達の願いなのです。


  
 「子ども」に想いを寄せる市民の志と知恵が集まって、ふくいチャイルドラインは毎週いつもの時間に子どもたちとつながっています。そのベースにチャイルドラインを運営するスタッフと事務局の存在があります。月1回のペースでスタッフ会議を行いながら、年間を通して子どもから電話を受けるボランティアを支え、研修プログラムや広報キャンペーン、県内小中学校に配布するカードの仕分け作業など様々な役割を担っています。子どもが自由に語れる状況をいかにつくっていけるのか、それがチャイルドライン運営のすべてと言っても過言ではありません。

 スタッフ会議では、かかってくる電話の事例から子どもが育つ社会環境や子どもの身近な出来事など、いわば子ども最前線の話題で持ちきりになることもしばしばです。ある日のスタッフ会議では、子どもたちのコミュニケーション能力の衰退ついて語られました。
 今どきの小中学生や高校生は、地域の様々な年代層や学校の先輩、後輩ともあまり話さず家族との会話も減少気味、つきあう相手は同じクラスの同級生か部活の仲間というような少数の集団に限られています。小数集団では、そこでしか通用しない言葉でやり取りすることで仲間意識をつくり、相手を気遣いながら自分も傷つかないような関係性を維持するうことに必死です。コミュニケーション能力の衰退など何処吹く風、大人もビックリのコミュニケーション力です。建前でさえなければですが…。
 
 若者たちの間でも「KY」というローマ字略語が流行っています。これは「空気が読めない」という意味、一過性の言葉遊びのようですが子どもたちの言語生活にも影響しているように思います。言葉のこまやかなニュアンスが伝わらない表面だけの建前の世界が広がっているように思えます。

 便利さゆえに効率性ばかりを追求するという社会は、人と人とのコミュニケーションを必要としません。コンビニ、自販機、ワンマンバス、カードなどで用が足せるし、友だちとのやり取りは略語や顔文字、絵文字を駆使した携帯メールです。日常生活の中で会話すること自体が少なく、無関心を装って暮らせる匿名社会を生きているようです。評論家の柳田邦男氏が著書「壊れる日本人~ケータイ・ネット依存症への決別~」(新潮社)の中で「生身の人間に会ったり、散策や読書、絵画展や音楽界を楽しむところからはじめては」と書いています。情報化社会において必要なことは、人それぞれの生身の感性の泉を枯れさせないようにすることや、人とのかかわりこそが大切であり、それは生身の人間の言葉による対話でしかないように思えるのです。

 チャイルドラインは、人や自然と交流することの根っこにある「共感する力」を子どもと双方向にやりとりする作業です。子どもと隣人として話すことは他人の文化と共存することでもあります。自らの経験だけでなく知識の幅を広げておくことや、子どもを取り巻く今の時代に敏感であることが求められます。そして何より子ども自身の持つ力を信じ、子どもをひとりの人格として捉える「子ども観」の沿って子どもの最善の利益を考える大人でありたいと思うのです。

 子どもに向く暖かな眼差しと頼もしさが同居する、そんなチャイルドライン室に集う仲間と13年目の春を走り出しました。

ふくいチャイルドライン報告書 はじめにより